1コリント12:31
あなたがたは、よりすぐれた賜物を熱心に求めなさい。
また私は、さらにまさる道を示してあげましょう。
1コリント13:13
こういうわけで、いつまでも残るものは信仰と希望と愛です。
その中で一番すぐれているのは愛です。

キリストの体は、ひとつでありそこには各器官が備わっています。
 
その各器官は、神様がそれぞれを備えられるべきところにふさわしく配置しています。
目は目の役割として、口は口の役割として、それぞれの器官にはそれぞれ違う役割があり、
みんな違います。
 
ですから、私達は配置された場所、どの役割なのか、神様が自分に与えてくださった賜物が
何なのかを知ることが、生きる上で、とても重要です。
 
それを知るなら、歩み方にブレがなくなります。
 
他の人の与えられているものを羨むこともなくなります。
神様は、それぞれに違う特別な賜物をそれぞれに与えています。
誰か特別な人にだけ、特別な素晴らしい賜物を与えてはいません。
 
賜物は異なるが、御霊はひとつ。
それぞれの異なる賜物は、御霊によってひとつですから、御霊によって、賜物は活用されるべき
なのです。
 
自分には与えられていて他の誰かに与えられていないものがあって当然だし他の誰か与えられていて
自分には与えられていないものがあるのは、当然です。

解散しましたが、スマップの名曲「世界にひとつだけの花」で、うまく表現されていますね。
まさしく、神様は、人それぞれをオーダーメイドで創造され誰一人として同じ人間はいません。

なので、他の人を羨む必要はいっさいありません。
自分にないものは他の人が補ってくれるというお互い一人一人が本当に必要な存在だということを
覚えるべきです。
 
神様は、人がお互いに認め合って、愛し合って生きる者として、創造されています。

賜物は、まさしく神様からのプレゼント、ですからそれは御霊によって活用されるべきであり、御霊によって活用されるためには、御霊に明け渡して、御霊の思うように使ってもらうことが、大切です。
 
自分の欲のために使うなら御霊の実を見ることは、ありません。
 
そこには、人々を祝福するものが、流せなくなります。
聖書の中で、よりすぐれた賜物を熱心に求めなさいと書かれいます。
 
一番すぐれている賜物は、愛だということです。人は、一番すぐれている愛の賜物を熱心に求めることが重要です。
 
愛がなければ、どんなに優れた賜物を神様からいただいていても、御霊によってその素晴らしい賜物を
活用し、祝福を与えることができません。
 
また、御霊によって用いられるためには、神の声に聞き従う謙遜で従順な姿勢が備わっている必要があります。