こんにちは〜

ゴールデンウイークが終わりましたね。
皆さん、どう過ごされましたか。

求める、捜す、たたくの3原則、最後の「たたく」の
更新がかなり遅れました。 

ルカの福音書18:1〜7に神を恐れず、人を人とも
思わない裁判官とひとりのやもめのたとえが
あります。
この箇所は、いつでも祈るべきであり
失望してはならないことを教えるために 
イエス様が話されたたとえです。

ひとりのやもめが何度も何度もこの裁判官の
ところに来ては、「私の相手をさばいて
私を守ってください」と訴え続けるのです。
するとこの裁判官は、「私は神を恐れず
人を人ともおもわないが、どうもこ、この
やもめは、うるさくてしかたがないから、
この女のために裁判をしてやることにしよう。
でないとひっきりなしにやって来てうるさくて
しかながない」と言いました。

このたとえに対して、イエス様「不正な裁判官
の言っていることを聞きなさい。まして神は
夜昼神を呼び求めている選民のためにさばきを
つけないで、いつまでもそのことを放っておかれる
はずがあるでしょうか。」と言われたのです。

神は、何度も何度もあきらめずに失望せずに
祈り求め続けることの重要性を教えています。
私たちが願い望むこと、そのことがかなうまで
たたき続けるのです。あきらめてはいけません。
私たちは、時間がかかりすぎると感じるとき
自分の願いはもうかなえられないと失望します。
しかし、聖書は失望せずにいつでも祈るべき
だと言っているのです。

ヘブル人への手紙11:1には、
「信仰とは望んでいる事がらを保証し、目に
見えないものを確信させるものです」と
書かれています。

たたき続けることは、信仰を持つこと、信仰を
働かせることです。自分のもっている信仰は
からしだね程の小さなものかもしれません。
しかし、失望せず、それを働かせたたき続ける
時、私たちの願い、私たちの思い、目に見えない
ものですが、目に見えるものとなって現実の
世界へもたらすことができると、確信が与えられる
ものなのです。
私たちの願いや思いなど、思考は目に見えないもの
ですが、それがないと目に見えるものを産み出す
ことは、決してできません。
目に見えない私たちの思考にあるもの、そこで
第一の創造が産み出され、そして現実のこの世界で
第二の創造がなされ、私たちの願ったこと、思いが
実際の目で見ることができる物として見ることが
できるようになります。
第一の創造なくして、第二の創造はあり得ません。
まず、私たちは信仰をもって第一の創造を産み出す
必要があるのです。
そのためには、たたき続けること、この原則は
私たちの夢を、願いを実現させるためには必要
不可欠です。
たたくとは、失望せずに祈り続けること、そして
実際にアクションを起こすべきところに向かって
アクションをしなくてはなりません。

神様の御国の原則、求める、捜す、たたくの3原則は
とてもアクティブなことです。決して受け身で待ちの
姿勢ではありません。私たちは求めるものを待って
いては受け取ることができないのです。
棚からぼた餅も時には起こりますが、これはアクティブ
にたたき続けることがあってこその神からの恵みの
一つなのです。

マタイの福音書11:12には
「バプテスマのヨハネの日以来今日まで、天の御国は
激しく攻められています。そして、激しく攻める者
たちがそれを奪いとっています。」

情熱をもって、熱心に求め、捜し、たたき続ける者が
受け取るべきものを受け取ることができます。

神は、イエス様にあってすべての祝福を備えておられます。
それを私たちは、受け取ることが大切です。
プレゼントは、どうぞと渡されていても、私たちがそれを
自らで受け取るという動作がないと受け取れません。
私たちは、もっと御国の原則に焦点を合わせ、受け取る
べきものをしっかり受け取っていきましょう。


「私たちの主イエス・キリストの父なる神が
ほめたたえられますように。
神はキリストにあって、天にあるすべての霊的祝福
をもって私たちを祝福してくださいました。」
エペソ人への手紙1:3